話せば楽になるよ、なんて
辛い時は相談してね。
話せば楽になるよ。
しんどい時は頼ってよ。力になりたい。
優しい優しい思いやりの言葉ですよね。
でも私にとっては正反対、言われれば言われるほど辛い言葉なんです。
人がこぼす愚痴や弱音、相談にはざっくり2種類あると考えています。
①「他人」にフォーカスを当てる(攻撃)
→上司のAさんが理不尽なことを言うから腹が立った。
→仕事でミスしたからAさんが怒ってきた。
②「自分」にフォーカスを当てる(自罰)
→仕事でミスをしてしまった自分はどうしようもない。
前者は吐き出すことで楽になることが多いので、「うわーひどかったね!」「それは嫌だよね!」と認めてもらうと落ち着きます。ただ、聞き手は攻撃を間接的に受け取るような感覚に陥ることもあるため疲労がたまることもあります。
対して後者は慰めてもらって楽になりがち。「そんなことないよ」「大丈夫、私は味方だよ」の言葉で自尊心が満たされて不安定な心の足場がおちつきやすいのかと思います。あんまりひどいと、聞き手はぐちぐちめそめそうっせえなぁとウンザリすることも。
これらのタイプの方々には「辛い時は頼ってよ」「話せば楽になるよ」が思いやりの言葉になります。
では、「話せば楽になるよ」が有効でない人は?
それは内省型の人達です。
殻にこもる内省タイプは、なぜ自分は辛いのか?何が嫌なのか?どうすればよかったのか?と「自分の思考や行動」にフォーカスを当てる人なんだと思うんです。
辛い時はひとりでいたい。悩んだらこうやって文字にして脳の整理をしたり、何に対して何故自分が辛くて嫌だと感じたのか考えたり、解決策を思い浮かべたりして、頭がおかしくなりそうなくらい自分に向き合いたい。その結果「考えすぎだな」って結論に達したならそれはそれでよくて、そんな時には現実逃避に没頭したい。心の充電をひとりで終わらせて、「こんなことで悩んでたんだけど、こう考えてこうすることにしたわ!」と笑って話せるくらいまで全て飲み下してから誰かと話したい。
そんな私は閉じこもる内省タイプ。
相手に自分のネガティブ感情を押し付けてる気持ちになるので、愚痴は聞くのも吐くのも大嫌いです。だからこそ内にこもります。
周りから見たら、しんどい時に頼ってくれないなんて信頼されてない。自分は無力だって感じさせてしまうかもしれません。
それも分かった上で、話したくないのです。
「辛いことがあったなら話してよ」それは他者から向けられる当たり前でない優しさや思いやりだと頭では理解している反面、場合によっては聞き手の頼られたい欲求を満たされたいがための押し付けに感じてしまうこともあるんです。
全てのエネルギーを自分自身に費やして、また元気に羽ばたけるようになるまでさなぎのようにゆっくりゆっくり回復する。そんな人もいるんだなって頭の片隅においてもらえるだけでも息がしやすくなります。
現在、家の中で私の相談に乗りたくて仕方なく思ってくれている夫と1人になりたい私の攻防戦が繰り広げられています。(夫は辛い時に愚痴を吐いて構われたいタイプです)
トイレに行く、キッチンに立つ、水を汲みに行く。その度に夫が急いで寄ってきて声をかけたり心配したりしてくれます。それがとても辛くてしんどくて、会話する心の体力を取り戻せるまではトイレや水分補給を我慢して部屋に引きこもる私です。
私が欲しいのは優しい無関心。殻にこもる状態を特別問題視せずにただ見守っていてほしい。いつも通り過ごしていて欲しい。必ず自分で浮き上がって戻ってくるから、わがままかもしれないけどそれができたら何も聞かずにいつも通り話して欲しい。
そうしてくれたら、辛い時も家の中で生きやすくなるんですけどね…
仕事がしんどいのは当たり前?
だって仕事だもん。
しんどいのも人間関係で悩むのも当たり前だよね、みんな我慢して働いてるんだから。
って思いながら頑張って頑張って頑張った挙句、「職場って人間不信になるのが当たり前だったりする?」と虚ろな目でつぶやく情緒ぶっ壊れ人間と化した前職。
悪口と陰口のオンパレード、女の嫌なところを煮詰めてできたねっちょりしたキャラメルみたいな職場でした。
伏せてほしいと頼んだ上司への相談事はその日中に全職員に広まるし、褒め言葉=素直に受け取らず否定して相手を立てなければ生きていけない場所でした。
褒め言葉は「嫌味だから調子に乗らないでね」って意味なので喜ぶと陰口たたかれちゃうんですよね。
こうして人間不信に陥って最終的に退職したのですが、最小限の然るべき相手にのみ“家庭の都合”とだけ伝えて辞めたんです。
身近な職員には誰にも相談も報告もせず、辞める素振りは一切気取られないようにして、私の退職は職員会議で上の人から発表してもらいました。
これが自分にできる最後で最大の意思表示でした。
みなさん大人ですから、これがどういう意味かは察してくれたんじゃないかなと思います。
こんな経緯で一時は親以外に対して人間不信になった私ですが、今の職場に転職してからはすっかりなおりました。
今は褒められたら嬉しくてもっと頑張ろうと思えます。
周りの人のいいところをたくさん見つけて自分も伝えようと思えます。
みんなで助け合って一緒に頑張ろうと心から思えています。
だからこそあの頃の私や、人間関係で辛い思いをするのは仕方ないと思っている人に伝えたい。
それ、普通じゃないよ。
我慢することじゃないし、耐えることが正解でもないよ。
あなたが心を開いて安心して働ける場所は絶対にあるからね。
マウンティングオタク
※特定層のオタクに対してあまり良くないニュアンスの表現があります。
※オタクそのものを否定しているわけではありません。
『オタク』
私がまだ小さい頃、それはそれはネガティブな印象の言葉だったものです。現実から目を背けて妄想や実在しないキャラクターの世界に引きこもって過ごす人、そのためコミュニケーションが上手く取れなくて二次元の世界の話を現実世界にまくしたてるようにして持ち込む人、架空の世界に生きすぎて身なりや言動に気を遣わず現実世界で浮いてしまう人。そんなイメージの言葉だった記憶があります。
今はどうでしょう?何かを好きな人のことを総じて「オタク」と呼ぶようになり、かわいい・かっこいい・綺麗なオタクがいっぱいいて、何ならオタクを自己アピールのひとつにする人もいて、何だかとってもライトな言葉で、そして楽しそうなイメージです。いい時代だなぁと思います。
私だってアイドルオタクです。オタクに対して理解がないわけではないです。でもね、どうしても苦手な…何なら自分を差し置いて「だからオタクは嫌なんだよ」と言いたくなるくらいに嫌いなオタクの傾向があるんですよ。
それは「自分の世界に入り込んじゃうマウンティングオタク」。
具体例あげちゃいます。(以下、架空の話ですのでご理解ください)
〜デート中、テーマパークにて。無骨でいかついジェットコースターがある〜
A子)おっきいジェットコースターだね!なんかロボットみたいやない?
B男)そうだね。うんたらかんたらメカ、俺の出番!トランスフォーム!出動!
A子)何それー?
B男)あぁ〜、『○○(アニメの名前)』A子は知らないよね〜。だよね〜。笑
A子)…。
こんな感じです。相手に構わず、説明もせず、オタク発言をぶっ込んで、分かっていない様子を見て勝手に気持ちよくなっちゃうような人。私がA子ならこの手のオタクに心底引いてしまいます。
この手のオタクさん、「俺/私オタクだからこういうこと言っちゃうんだよね〜。普通の人はわかんないよね、ごめんね〜」っていうような、他の人とは違う特別感を抱いて気持ちよくなってる人が多い気がするんです。突然自分の土俵に持ち込んだつもりで一人相撲とって、あなたは知らないだろうけど自分は知ってるんだぞって一人で気持ちよくなってる人。この時点で分かるように説明しようとか相手と会話しようとかいうおつもりはさらさらないんでしょう。一種のマウントなんだろうと思います。
でも、マウントって二者が同じ土俵にいる時に成立するものじゃないんでしょうか。趣味も興味も何一つ共有していない状況で、一人で優越感に浸っている様子を土俵の外から眺めているこちらは一気に心の距離が遠のいてしまいます。言葉を選ばず言うと「何こいつ気持ち悪」です。
あるいは排他主義なんでしょうか。知ってる自分と知らないお前。知らないお前とは住んでる世界が違うんだよ、というような。これもマウントかもしれませんが。だとしても、一方がもう片方の世界に入り込もうとしていない以上、他を排する構図にそもそもならないのですが…
私は決して苦手だと口で言わない代わりに、マウンティングオタクさんの言動に対してはノーリアクション完全スルーです。話題にあげた傾向のオタクさんからしたら私の方こそ「排他的な非オタク」なのかもしれません。
見方を変えれば立場も変わるものです。自分と違ったり相容れない言動だったりする人を苦手に思うものですが、それが相手に伝わった瞬間「排他的」「拒絶」になりますよね。
私は自分のジャンル外で排他的にマウンティングを始めるオタクさんが苦手。ある面では、自分は排他的にマウンティングをとるオタクに対して排他的。苦手だと思う自分の心に嘘はつかない代わりに、表裏一体であることをきちんと分かっておこうと思います。
もっと歳を重ねて素敵な大人になった時、自分の苦手なタイプの人にも「そういう人もいるわよね、みんな違ってみんないい」と思えるようになりたいものです。
神様に「健康」を願いまくったら
GW明けちゃいましたね〜。お仕事学校勉強バイト、頑張る全ての方々本当にお疲れ様です!私は無職です!すみません…
こちゃん、昨年度末まではお仕事してました。いわゆるエッセンシャルワーカーと呼ばれる内のひとつ、専門職で働いてました。
これがとにかくね、体調に響くお仕事だったんです。毎年体調の過去最悪を更新し続けて、昨年度なんかは風邪が治らないうちに新しい風邪をひいて1年ずっと何かしらに感染してた感じです。普通の風邪に加えてコロナ2回・インフル・溶連菌・アデノ・食中毒・中耳炎・副鼻腔炎いっぱい・扁桃炎・気管支炎・結膜炎2回・抗生剤による大腸炎・腰痛発症・元々の片頭痛や気管支喘息と、大病とも言えないしょうもない不調だらけで大忙しでした…
サプリ、腸活や温活、規則正しい生活、感染対策、やれることは頑張りましたがその時はあまり効果を感じられなくて。
体調を崩すと出勤できない仕事だったことと、身内の介護も重なって、有給が足りなくなるほどお休みしてしまっていました。自分でも「次から次へと休みの理由付けて、さすがに嘘やろ?」と思うほどでした。嘘みたいなほんとの話だけど。退職した今も本当に申し訳なく思っています。
と、こんな感じで免疫不全を疑うほど不健康だったんですけどね?
七夕元旦神社仏閣あらゆる場所や行事で健康をお願いしまくって、それでも手に入れられなかった元気な体なんですけどね?
やっと手に入ったんですよ!退職した途端に!!
退職から現在まで1ヶ月と少し、なんっっにも感染していないし体調も崩していないんです。毎日元気なんです。腰以外どこも痛くも辛くも苦しくもないんです!
もしかしたら今までの必死のお願いごとを聞いていた神様が、じかんさでかなえてくれたのかもしれません。
元気だから気力がある。気力があるからできることが増える。いろんなことをやって心身ともに充実してまた元気が出る。いいことをたくさん吸収して、物事が幸せな素敵な方に転んで、また自分に返ってきてくれる好循環をひしひしと感じています。特に私は自分の感情や体の声に対して向ける意識が強い人間なので、健康であることの幸せも一層強く感じて、生きていて良かったなぁ幸せだなぁって毎日思って過ごしています。
健康・時間・お金って人生においてとても大切なものだと思うんです。
そこに順位を付けるとしたら、私としてはやっぱり第一位は健康です。たくさんの有意義な時間も、何でもできる大金も、使うのは健康な自分でありたいから。特にお金に関しては健康だから稼げるってところもありますしね。
今手に入れた元気な心身を、今後も何とかしてキープしたいです。
ひとり○○、どこまでいける?
GWですね〜。ビバ連休!!
私は4月から結婚前最後の人生の春休み満喫中なので、幸せなことにずーっとGWみたいなもんですが…。
GWは基本自宅でダラダラ過ごし、最終日の今日は大好きなスーパー銭湯(スパ?)に行ってきました。ととのいを求めて長時間入り浸るサウナジャンキーなんですが、そのお話は長くなるのでまた今度にします。
今日は朝食を済ませて銭湯サウナ岩盤浴で合計5時間半ととのいまくって満たされた後、お食事処でビールと唐揚げとざるそばのThe・夏の風呂上がりメニューで〆。この世の幸せと快楽を全部詰め込んだみたいな最高の1日…なんですが、この間全て単独行動です。
『一人○○』『おひとりさま』って言葉、よく聞きませんか?
一人焼肉だ一人映画だ何だかんだと言われますけど何が悪いんだと声を大にして言いたい単独行動派のこちゃんです。
おひとりさま大好きなんですが、どこもかしこも一人で行けるわけではないよな…とふと思って自分的おひとりさまレベルを考えてみました!
↓
○カラオケ⋯☆☆☆☆☆
→余裕。こちゃん歌下手だから1人の方が何も気にせず好きな曲歌える。
○銭湯⋯☆☆☆☆☆
→余裕。5時間ぶっ通しで付き合ってくれる人とならぜひご一緒したい。
○映画⋯★☆☆☆☆
→見始めたら世界観に入り込んじゃうから。見終わった後に感想を語り合える人がいないのはちょっぴりさみしいかも。
○ライブ参戦⋯★★☆☆☆
→入場と開演までの間はそわそわするし心細い。始まっちゃえば推しに集中できるから一人でも全然平気。ライブ後の感想会できないのはさみしい。
○焼肉⋯★★☆☆☆
→未経験。焼肉屋さんに行く機会がそもそもほぼないので、一人焼肉がどれだけハードル高いのか知らないからこそ心理的ハードル低め。
○宿泊旅行⋯★★★☆☆
→未経験。旅行の楽しさはその場で共有したいタイプ。出張からの観光とから行けそうだけど、やってみたら意外と平気かもしれない。自分へのご褒美的に高級宿泊まってみたい。
○スパ⋯★★★★☆
→未経験。いかにもカップル♡おともだち♡ファミリー向けです♡みたいな温泉テーマパーク感醸されると怖気付く。入っちゃえば1人でも何とかなりそう(特にサウナ)。
○テーマパーク⋯★★★★★
→まず、誰かと行く場所だという価値観で生きてきてる。
こんな感じになりました。キラキラなスパとテーマパーク以外なら1人で普通に行けちゃいそうです。
ちなみにこちゃんは昔、一人行動無理なタイプでした。だって友達少なくて本当に1人だったから。1人を満喫してるんじゃなくて「ぼっち」だったから、人からそう思われるのが恥ずかしくてできませんでした。友達が増え、「友達と行くこともできるけど、選んで一人行動をしている」という形になってはじめて平気になりました。今は加齢により人目を気にしなくなったため、一人の気楽さを満喫してる…という感じです。
他にも「ここは1人で行って楽しかった!」「これは行けそうにない…」とか、たくさんの人の価値観もいろいろ知りたいなぁと思っています。
推し方いろいろ
推しがいる生活って素晴らしいですよね。
かくいう私も過去はジャニオタ、今はとあるアイドルオタと3次元へのオタク属性あり。推しがいない期間はあるにはあったけど何か物足りない気持ちで生きていました。
推しが生きてるから私も生きて頑張ろうという元気が出る。推しが働いてるから、推しに会いたいから、自分も働こうと頑張れる。推しの好きな事や趣味を通して自分の幅が広がる。
今日も生きてくれてありがとう推し、推しの生きてる素晴らしいこの世界にもありがとう。
...と、私は推しを拝みまくるタイプのオタクです。リアコ(推しに恋愛感情を抱くこと)ではありません。
同担OK、ファンサをもらう同担を見ると羨ましさはあれど嫉妬はしません。何なら同担と徹夜で推しの良さについて語り合いたいくらいです。
ですが人の数だけ推し方もあるわけでして。
リアコや同担拒否の人達ももちろんいるので、気軽におしゃべりしに行けないのがちょっと寂しいところだったりします。
自分にとっては同担(推し被り)=仲間なんですよね。だから仲間内でおしゃべりするのも仲良くなるのも全然OKむしろ楽しい。
同担拒否の知り合いの話では「リアコじゃないけど、推しと自分だけの世界でいたいから。そこに同担の存在を入れる必要はないし入れたくない」。
推しからのファンに対する言動はすなわち自分に対してのものであるということ。敢えて視野を狭ーーくして自分と推しだけの世界にする楽しみ方、賢いな!と思わず心の中で呟いて感心しました。
じゃあリアコってなんだろ?
恋って別に叶う相手にだけするものじゃないですよね。恋が叶うかどうかそんなものは関係なく、心が動いて好きになっちゃうことだってありますもんね。それは分かる。
でも叶うと信じてリアコになる心理はぼやーっとした大枠くらいでしか捉えられてないです。
分からないものは知りたい、知ってみたい。
ちなみにリアコの心理をぼんやりながらも理解したきっかけは、「メンズ地下アイドル」を知ったこと。地下と地上って距離感も営業も全く違うので、元ジャニオタはとても驚いたものです。
地上の大手アイドルはテレビや雑誌に出ることや大きな会場でライブをすること、頻繁に曲を出したり時には自分たちで作詞作曲したりすること、グッズをたくさん出すこと、とにかくいろんな場所でその存在を目にできるんです。いろんな場所で活動すること、それそのものがファンへの営業だと思ってます。
対してメン地下は活動場所が限られていて、日常見ることはそんなにないんですよね。見ようとして能動的に行動しないと見られない人たち。だからこそファンへの営業は媒体通さず直接的なものになります。ここがやっぱり1番のリアコ発生ポイントですよね。
もちろん営業のかけ方もいろいろあるとは思います。ただ、推しから直接ガチ恋営業されたら好きになるしかないでしょう…。営業とはいえ向こうから恋愛に落としこむ言葉がきたら、表面上はその時点でオタクから一方通行の好きじゃなくなっちゃうし、演者側もそれを狙ってるんだろうし、好きになるなって言う方が無理な話。何ならホストと同じ手法ですよね?
ガチ恋営業されて好きにならない人は、多分その人自身の推しスタンスがリアコに絶対ならない人。
私の場合、アイドルは夢を見させてくれる人達だと思っているので、お金を払って夢を買っています。欲しいのはその夢の部分だけで現実は要らない。だからリアコにはならないのだけど、夢をまるで現実に映してそのまま叶えてくれるかのような営業されるとしばらくは冷静じゃいられないと思います…。
だからリアコの感覚は分からなくても、頭では全く理解できないわけじゃない。いつ自分もリアコ勢に転ぶか分からない。いろんな人のいろんな推し方を尊重しながら、今日も推しを拝んで生きたいと思います。
パーソナルスペースを守りたい!
どうも、間もなく結婚予定の女・こちゃんです。結婚に先立って新居を整えております。
ここでよくある新婚話。
「家では夫/妻がもうべったりで〜。どこに行くにも付いてくるし、好き好き言いながら四六時中くっついたり触ったりしてるんだよね〜」
Q.この話題の受け答えとして考えられるものは、次のどちら?
(A)そうなんだ!ラブラブだね〜!
(B)そうなんだ!嫌だねそれ!
こちゃん的正解は、(B)!!
パーソナルスペースって相手との関係性で変わると言われています。
調べてみると...
密接距離(〜45cm)→恋人、夫婦、親子
個体距離(45~120cm)→親しい友人、知人
社会距離(120~360cm)→同僚、上司、取引先など仕事関係
公衆距離(360cm〜)→全く面識のない相手
大きく分けて、以上4つの区分になるそうです。
でも、パーソナルスペースって環境にも左右されると思うんです。
例えば満員電車ではパーソナルスペースがどうたらごちゃごちゃ言うてられないし、ぎゅうぎゅうなものだと認識してるから特に何も気にならない。
ガラッガラの電車内でわざわざ自分の隣にピッタリ座られると、ものすごくストレス。みたいな。
ここで冒頭の話題に戻ります。
私の場合、恋人や夫婦は特定の条件下で密接距離に近づき近づかれても良いというだけで、いつでもその距離感で過ごせるわけではない。
なので、料理中にずっと真横真後ろにいられる、テレビ見ながらぴったり体を合わせてこられる、自分の部屋にまで入ってきてくっつかれる、などの状況がもんっっっっのすごいストレスです。
特に家の中や広い場所など、狭いわけではなく他にスペースがある場合はさらにキツい。
前述のがら空きの電車の例と同様に、パーソナルスペースへ侵略されたと脳と体が認識して本能的に息が詰まりそうなほどの不快を感じてしまいます。
冷たいですかね。冷たいんでしょうね。
普通はくっつきたいものなんでしょうね。
分からなくもないです。だからこそ「近づかないでほしい」とは言いづらい。だって言われたら辛いの分かるもん。もし自分がくっつきたい側だったら、そんなこと言われたらへこみまくる。
冷たいけど、人の気持ちが分からないわけじゃないのです。だから言えない。
言えないけど本当は自分のスペースを守りたいし、相手を不快だと感じてしまう辛さからも解放されたいよ...
傷付けずに優しく伝える言葉ってないのかな。
私って野生の本能強いんだよね。
犬より猫系なんだよね。
距離感にもメリハリつけたいんだよね。
ごめん、正直言うと離れてほしいんだよね。
どう伝えるのが正解なんでしょうね...?